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東京高等裁判所 昭和34年(ナ)2号 判決 1960年9月19日

原告 肥後亨

被告 東京都選挙管理委員会委員長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「昭和三十四年六月二日執行の参議院東京都選出議員選挙を無効とする」との判決を求め、その請求の原因として原告は昭和三十四年六月二日執行の参議院東京都選出議員選挙に立候補した者であるが、(一)右選挙につき公職選挙法第百六十七条の規定に基き発行される選挙公報に氏名、経歴、政見等の掲載を受けるべく、同年五月十八日同法第百六十八条の規定により、その掲載文を具し東京都選挙管理委員会に申請したところ、同委員会は原告に対し、その掲載文原稿中「在日米国大使館等施設の破壊」及び「在日米国大使等の殺害」の字句につきこれが修正を要求したので、原告はやむを得ず同月二十日文書をもつて右字句中「破壊」を「撤去」とまた「殺害」を「追放」と修正した。しかし同委員会の右行為は何ら法律上の根拠がないもので明らかに職権濫用であり違法行為であるのみならず、右選挙の選挙公報掲載文の申請及びその修正申請の締切期日は同年五月十八日であつたのであるから、右期日より後に修正させたことは明らかに公職選挙法第百六十八条第一項の違反である。(二)また原告は同年五月二十八日自己の所属政党を「国際共産主義者連盟」から「自由民主党」に変更する旨届け出たのにかかわらず、選挙長はこれを告示せず、従来の所属政党名をもつて立会演説会の党派別掲示をなしたことは明らかに公職選挙法第百五十八条第二項の違反であり、投票所内外の候補者の氏名及び党派別の掲示についてもその所属党派を旧政党名で掲示したのは同法第百七十三条、第百七十四条第一項及び第百七十五条の二の違反である。(三)そして右(一)、(二)の選挙管理委員会及び選挙長の違法行為は選挙の結果に影響を及ぼすことは明白であるから、右選挙は、右同法第二百五条に基き無効であるので、同法第二百四条の規定に従い請求の趣旨記載のとおりの判決を求めると述べ、被告の答弁に対し、原告が右選挙において同年五月七日「無所属」として立候補届出をなし、同日「日ソ同盟促進委員会」に変更届出し、さらに同月十八日「国際共産主義者同盟」に変更届出した後同月二十八日「自由民主党」に変更の届出をしたものであることは認めるが、その余の被告主張事実は否認する。原告は同年五月二十八日東京都港区選挙管理委員会及び東京都選挙管理委員会を通じ自治庁長官に対し「自由民主党」(岸信介を総裁とする自由民主党とは別のもの)の代表者等選任届(代表者原告)をなすとともに同日直ちに選挙長に対し所属党派変更届を提出したのであつて、右届出はいずれも受理されて今日に至つているのである。(政治資金規正法第六条によれば右選任届は東京都選挙管理委員会において受理された時に効力を生ずるものであり、東京都においては区選挙管理委員会が政治資金規制法第六条第一項第三号の都選挙管理委員会の代理をしているものである。原告は右選任届の撤回を了承したりその返戻を受けた事実はなく、むしろ同年十一月二十二日ころ港区選挙管理委員会から「自由民主党」の会計報告の用紙を送付されたことがあり、また同年十二月二十五日同党の解散届を右委員会に差し出したところ正式に受理された事実がある。これらの事実は右党が政党として存続していたことを明白に示すものであり、このことは右委員会の政党台帳によつても明らかである。)選挙における所属党派の変更届は明らかに立候補の延長であり選挙長は形式的審査権のみを有し内容の審査権は有しないものと解すべきであるから、本件選挙長が変更届を受けてこれを適法に処理せず、内容に立ち入つて審査をしたとは明らかに違法行為である。公職の候補者は選挙中といえども憲法第十九条にいう思想の自由は侵されることなく憲法第二十一条の結社及び言論等表現の自由は保護され、かつ憲法第十四条の法のもとの平等は岸信介の「自由民主党」も原告の「自由民主党」も同様に取り扱うべきである。選挙管理者は候補者の思想、表現にまで立ち入る権限はなく専ら法律に定められた管理権を有するのみである。原告の「自由民主党」は右選挙につき東京都地方区より原告のほか高木青年、地釜勉を立候補させており「自由民主党」の届出をした当時は岸の「自由民主党」の候補者も三名であつたから選挙は選挙区を単位とする以上差別を受ける理由はない。被告は、原告の「自由民主党」の届出につき自治庁は選挙の公平を期するために「自由民主党」の届出を受理しなかつたと主張するが、原告が昭和三十五年二月二十八日執行の千葉県市川市長選挙に当り「民主社会党」なる団体所属として立候補した際には同時選挙の同市市会議員補欠選挙に西尾末広の「民主社会党」の候補者がいたため、原告の党派は「民主社会党(肥後)」と掲示され、これが自治庁の指示であるといわれ、かつ千葉県選挙管理委員会でもこれを支持する趣旨の裁決がなされている。さらに同年七月三日執行の埼玉県知事選挙においても、西尾末広の「民主社会党」と原告の「民主社会党」の双方から候補者を出していたが前と同じような区別を付しただけで両方とも「民主社会党」とした。本件選挙においても当然原告の「自由民主党」につき岸の「自由民主党(岸)」と並んで「自由民主党(肥後)」として掲示すべきであつたのでありこれを掲載しなかつたことは違法である。なお右埼玉県知事選挙においては、告示と同時に岸が代表者の「自由民主党」より栗原浩が立候補していたところ、原告は同年六月二十一日「自由民主党」を新たに結成し、同選挙の立候補者として同月二十二日「自由民主党」所属党派証明書を添付し所属党派の変更を選挙長に届け出たところ受理されている。本件は明らかに岸の主宰する「自由民主党」及びその政府の弾圧であり日本国憲法第二十一条にいう結社の自由を奪う重大問題である。原告は公職選挙法の前記各規定によつて立会演説会等の氏名掲示に自己の所属政党を「自由民主党」として掲示される権利があり、その政党の主義いかんにかかわらずその届出どおりの政党名が掲示されていないかぎり選挙人をして自由に表明せる意思によつて公明かつ適正に選挙を行わせたものとはいえず、この点において右選挙の選挙人全部の判断を誤らせたものであり、もし原告の党派を「自由民主党」と掲示して公正な選挙がなされていたとすれば、選挙人の適正な判断を得て原告が当選したことは明らかであり、右違法行為は選挙の結果に異動を及ぼしたものであると述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中、原告が昭和三十四年六月二日執行の参議院東京都選出議員選挙の候補者であつたこと、原告が右選挙につき公職選挙法第百六十七条の規定により東京都選挙管理委員会が発行する選挙公報に同法第百六十八条の規定により同年五月十八日にその掲載文の掲載申請をなし、次いで同月二十日その申請掲載文原稿中「在日米国大使館等施設の破壊」及び「在日米国大使等の殺害」を「在日米国大使館等施設の撤去」及び「在日米国大使等の追放」にそれぞれ修正したこと、原告が同年五月二十八日自己の届出所属政党「国際共産主義者連盟」を「自由民主党」(代表者肥後享)に変更する旨を参議院東京都選出議員選挙選挙長に届け出たけれども選挙長はこれを告示せず、同日以後の公職選挙法第百五十八条第一項及び第二項の規定による立会演説会における演説者氏名等の掲示、同法第百七十三条及び第百七十五条の二に規定する投票所内外の候補者氏名等掲示における原告の所属政党を「国際共産主義者連盟」として掲示したことはこれを認めるが、その他の事実は否認する。(一)右選挙公報の掲載文修正については、もし右委員会が原告申請の掲載文どおりこれを選挙公報に掲載して選挙民に配付するときは、別に高度の法律判断をまたずとも原告自身刑事上の責任を追及される虞があるのみならず、右字句は広く国際的にも悪影響を及ぼす虞のある不穏当なものであるので、同委員会は同年五月十八日原告の申請受付の際原告の注意を喚起し、当該箇所を修正すべきことを勧告したところ、原告はこれを諒承し、右勧告に従い同月二十日同委員会あて文書により修正の申請をしたので同委員会は原告の掲載文をその修正申請どおり修正して選挙公報を印刷し発行したものである。以上のとおり、右掲載文の修正は右委員会が一方的に修正させたものではなく、原告の意思による修正申請に基いてなされたものであるから、同委員会の職権濫用又は違法行為であるとする原告の主張は当らない。また、原告は右勧告が法律上根拠のないものであると非難するが、適正な行政運営のため行政庁がかかる措置を適宜採りうることは条理上当然のことであつて、あえて法律上の根拠を云々するまでもない。なお、選挙公報掲載文申請の締切期日は公職選挙法第百六十八条第一項の規定により同委員会において同年五月十八日と定めこれを告示したが右期日までに申請のあつた掲載文の修正も印刷等の発行技術の関係上同日までに修正するよう各候補者に指示してあつた。しかし右修正は、同委員会において原告に対し申請締切期日である右五月十八日に注意を喚起し勧告したことに基くものであり印刷の時間的余裕もあつたので右修正申請を受理したのであるから、このような行為が公職選挙法第百六十八条第一項の規定に反するものということはできない。(二)また、原告の所属政党変更届については、選挙長は次のような事情があつたため選挙の公正を確保するため、これを受理しなかつたので、何ら違法の処置をしたものではない。すなわち、(イ)原告から選挙長に対し「自由民主党」の党派変更届の提出のあつた当日別に原告が自治庁長官あてにした政治資金規正法第六条の規定に基く右政党に関する届出については、自治庁において調査の結果、原告が代表者である「自由民主党」は存在しないことが判明し、かつ原告も右届出の撤回を了承したので、これを受理しないことに決し、自治庁より東京都選挙管理委員会及び港区選挙管理委員会を経由し右届出書を原告に返戻した。(なお、右自治庁長官あての届出書は、選挙長あての右届出書とともに同年六月一日原告あてに返送されたが、原告は受領を拒絶し、また同年十二月二十五日右「自由民主党」の解散届も受理されなかつたので原告に返送されたが原告はその受取も拒否したので、右各届出書は現在やむなく東京都選挙管理委員会において保管しているものである。なお、自治庁長官宛の右届出(後記乙第四号証)の受付印は右選挙終了後の同年八月二十五日右委員会において誤つて押印したものである。)(ロ)右自治庁長官に対する届出によると、右「自由民主党」の代表者は原告(肥後享)、会計責任者は高木青年、同職務執行者は地釜勉であるが、右三名は、いずれも右選挙において「国際共産主義者連盟」に所属する候補者であり、また同連盟の解散届の提出もないし、綱領、政策等も不分明であつた。そして「国際共産主義者連盟」と「自由民主党」とではその名称から受ける印象は全く異なる立場に立つものであると推測され、社会通念上「自由民主党」が設立されたものと解することは困難であり、また「自由民主党」の届出は政治資金規制法第七条の規定による団体名の変更届ではないところから、結局同一団体に二つの名称を冠することになり、従つて何ら新たな「自由民主党」なる団体が設立されたことにはならないわけである。(このことは原告が右選挙終了後、昭和三十四年六月二十五日執行の埼玉県蕨市長選挙において「無所属」として立候補し、同年七月二十四日執行の参議院山形県選出議員選挙において「国際共産主議者連盟」所属として立候補したこと及び同年十二月二十日原告提出の「国際共産主義者連盟」の解散届書記載の解散理由と同日提出のあつた「自由民主党」の解散届書記載の解散理由とが同一であることからも明らかである。なお、原告の右「自由民主党」への所属党派変更届出当時、原告の委員長であつた「国際共産主義者連盟」は存続していたのであるから、右届出の不受理は右連盟の委員長としての原告の選挙運動その他の政治活動には何ら影響を及ぼしているものではない。)(ハ)原告は右選挙において同年五月七日「無所属」として立候補届出をなし、同日所属政党を「日ソ同盟促進委員会」に変更届出し、同月十八日「国際共産主義者連盟」に変更届出し、同月二十八日さらにこれを右「自由民主党」に変更する旨の届出をしたものである。(なお前記高木青年及び地釜勉も同月十八日「国際共産主義者連盟」所属として立候補届出をしていたが、同月二十八日自由民主党に変更届出をした。)(ニ)「自由民主党」の名称を有する政治団体としては、すでに他にその総裁が岸信介である政党が実在し、現に活溌に政治活動を行つていることは公知の事実であり、同党については昭和三十年十一月十五日設立された団体として政治資金規正法第六条による届出もなされており、右選挙及び同時に執行された参議院全国選出議員選挙においても多数の候補者が立候補していたことも明らかな事実である。そのため、もし選挙長が原告の「自由民主党」への所属党派変更届を受理し、立会演説会の掲示や投票所内外の候補者氏名等掲示において原告の所属党派を「自由民主党」として公に表示する場合には一般選挙民は既存の「自由民主党」所属候補者と原告とをその所属党派により区別することが困難となることが明白である。のみならず、これらの事情に政治資金規正法に基く政治団体の届出の状態を考慮すれば、右届出書自体から、同届出は、真実「自由民主党」なる政党を組織して選挙運動を行うためというよりも、むしろ既存の「自由民主党」と混同を生ずるがごとき状態を顕出することにその目的があるものと判断することができ、万一これを受理すれば、当然選挙人の判断を混乱に陥れる結果を惹起することは明瞭であつた。(ホ)およそ公職選挙法は選挙の自由かつ公正な執行の確保をその目的としているが、これは主として選挙管理の任に当る機関による選挙の管理執行の手続に関する明文の規定の遵守及び選挙の基本理念である選挙の自由公正の原則を維持する行為によつて保障されるものである。本件の場合、原告の党派変更届は前述のとおり選挙人の候補者選択に混乱を来たさせ公正を維持する法目的に違背するものであるから選挙長がこれを受理しなかつたのは当然である。選挙長は選挙の自由公正を期するため特段の事由のない限り候補者の党派変更届を不受理とすることができないことは明らかであるが、しかし右原則はいかなる場合にも適用されるものではなく、選挙長は届出書自体からその内容の審査をまつまでもなく一見して明白に選挙の混乱と公正な執行の破壊を目的とし又は必然的に右の結果を招くことが明確である場合は特段の事由あるものとして、その届出を不受理とすることができるものであつて、本件の場合は右に述べたようにその届出自体から判断して選挙人の候補者選択の判断を混乱させることは明白であり、また右届出のあつた日から選挙期日までの期間はわずかに中四日間にすぎなかつたので、その間選挙の管理執行機関は、いかなる措置を構ずるにしても、同一名称を有する別個の二団体の所属候補者の存在による選挙の混乱を防止し公正な選挙の執行をなしうるに必要な時間的余裕がなかつたのであるから、この意味においても本件届出を不受理とする特段の事由があつたものである。以上の理由により選挙長が公職選挙法施行令第八十八条第五項の規定による原告の所属党派変更届を受理しなかつたことは当然であり、従つてまた立会演説会等の掲示の党派名の修正をしなかつたのも当然であつて何ら違法ではない、むしろ右の処置は、選挙を選挙人の自由に表明する意思により公明かつ適正に行おうとする公職選挙法の精神に合致する妥当なものである。(三)以上のとおり東京都選挙管理委員会及び選挙長の措置には何ら違法の点はないが、仮にこれが違法のものであるとしても、右選挙における最下位当選人の得票数は二五四、五〇二票、最上位落選人の得票数は二一九、三二六票であり原告の得票数は二、五五八票であるから右措置により本件選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に該当するものとは到底考えることができない。よつて原告の本訴請求は失当であると述べた。

(立証省略)

理由

原告が昭和三十四年六月二日執行の参議院東京都選出議員選挙の候補者であつたこと、原告が右選挙につき発行される選挙公報に掲載を受けるべく公職選挙法第百六十八条の規定により東京都選挙管理委員会の指定した締切期日である同年五月十八日同委員会に掲載文を具し文書で掲載の申請をなし、ついで同月二十日右掲載文原稿中「在日米国大使館等施設の破壊」及び「在日米国大使等の殺害」をそれぞれ「在日米国大使館等施設の撤去」及び「在日米国大使等の追放」に修正したこと及び原告が同年五月二十八日その届出にかかる所属政党「国際共産主義者連盟」を「自由民主党」に変更する旨右選挙長に届け出たが、選挙長はこれを告示せず、同日以後においても、同法第百五十八条に基く立会演説会における候補者の氏名及び党派別の掲示、同法第百七十三条に定める候補者の氏名及び党派別の掲示並びに同法第百七十五条の二による投票所内における候補者の氏名及び党派別の掲示において原告の所属政党を「国際共産主義者連盟」として掲示したことは当事者間に争がない。

(一)  原告は、まず本件選挙が無効である事由として右選挙公報掲載文原稿の修正は東京都選挙管理委員会の要求によりやむを得ずなしたものであり、同委員会の右修正要求の行為は法律上の根拠を欠く職権濫用の違法行為であるのみならず、右掲載文修正はその申請の締切期日後になされたものであるから公職選挙法第百六十八条第一項の違反であり、かつ右違法は選挙の結果に異動を及ぼすこと明らかであると主張する。

よつて考えるに、候補者が公職選挙法第百六十八条の規定に基き選挙公報に掲載を受くべくその申請をしたときは、都道府県の選挙管理委員会はその候補者の提出した掲載文を原文のまま選挙公報に掲載すべく、みだりに候補者の政見等の内容を審査検討してその掲載の許否を決するが如きことの許されないことは同法第百六十九条第二項の規定に照らし明らかであるが、掲載文の内容が本件の場合におけるが如く一見して法令違反行為に該当する疑があること明白であるような場合において、選挙管理委員会が当該候補者に対し一応注意を与えその任意の修正を促がすが如きことは毫も法律の禁止するところではないと解するのを相当とする。しかるに本件において原告の右掲載文原稿の修正が原告の意思に反し強制的になされたものと認めるべき証拠はなく、かえつて成立に争のない乙第六号証及び原告本人尋問の結果に徴すれば、右修正は、原告が東京都選挙管理委員会等の注意、勧告を受け任意に同委員会に修正申請書を提出しこれが受理された結果なされたものであることが認められる、従つてその限りにおいては右修正は違法でないものというべきであるが、右修正は選挙公報掲載文申請の期限たる昭和三十四年五月十八日(なお成立に争のない乙第二号証によればその修正申請についても同日を以て締切ることと定められていたことを認めることができる)の後である同月二十日の申請に基きなされたものであるから、この点においてなお違法であるかどうかの問題がある。思うに選挙公報掲載文申請(その修正申請を含む)の締切期日は選挙公報の印刷能力及び配布に要する日数等を考慮して、定められた期日に配布できる限度において期日を指定するものであるから、締切日と掲載文印刷までには相当の時間的余裕をもたせてあるのが普通であり、従つて期限後の修正申請であつてもその掲載に間に合う限りこれを許しても差支ないようにも考えられるけれども、元来選挙公報掲載文申請の期限は一旦その指定があつて告示(公職選挙法施行令第百二十六条)されたときは特段の事由のない限りこれを変更することはできないものであり、選挙の公正確保の見地から考えてその期限の遵守については各候補者を通じて同一に取り扱うことを要し、いずれの候補者の申請であつても、それが期限後の掲載文の申請である場合はもちろん、期限内になされた掲載文に対する修正申請といえども、締切期限後のものである以上はこれを許すべきものでないと解するのを相当とする。しかるに本件問題の修正は期限後の申請に基ずくものであること前記のとおりであるから、右修正はこの点においてなお違法であるといわなければならない。しかしながら、すでに見たように本件においては原告の提出にかかる掲載文の内容の一部が法令違反行為に該当するため原告が東京都選挙管理委員会の注意勧告に従いこれを是正するため任意前記のとおり修正の申請をなし修正を経たものであつて、これによつて原告が本件選挙において不利益を受け原告の得票数に減少を来たすものとは通常考えられないから、選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものとは認められない。従つて結局原告の(一)の主張は採用することができない。

(二)  次に原告は、その届出の所属政党を「国際共産主義者連盟」から「自由民主党」に変更する旨の届出をしたのにかかわらず選挙長はこれを告示せず従来の所属政党名をもつて立会演説会等の掲示をしたのは違法であり、右は選挙の結果に異動を及ぼすものであると主張するので、以下この点について審究する。

立候補届出後その届出にかかる所属政党の変更があつた場合には、候補者は直ちにその旨を文書をもつて選挙長に届け出なければならず、また選挙長は右届出があつた場合においては、直ちにその旨を市(又は特別区以下同じ。)町村の選挙管理委員会等に通知しなければならず、市町村の選挙管理委員会は右通知を受けた場合には、直ちにその旨を投票管理者等に通知しなければならないごとは公職選挙法施行令第八十八条第五項及び第九十二条第四項ないし第六項に定められているが、選挙長が右届出の受理につきいかなる審査をなしうるか、また、これを受理した場合には告示をなすべきか、市町村選挙管理委員会は立会演説会等の候補者の氏名及び党派別掲示の修正をなすべきか等については格別規定がない。しかしながら公職選挙法の関係規定及び前記施行令の規定等から考えると、選挙長は右届出の受理に際しては形式的要件の審査はこれをなしうるが、その実質的内容についてはこれを審査すべき職務権限を有しないものというべく、また届出を受理した場合はすみやかにその告示をなし、市町村選挙管理委員会に通知すべく、市町村管理委員会は右通知があつたときは可能な範囲でなるべくすみやかに立会演説会等の候補者の氏名及党派別の掲示を修正すべきものと解するのが相当である。しかるところ、今これを本件についてみるに、証人島村平治の証言によれば、原告が昭和三十四年五月二十八日選挙長に対し自己の所属党派をさきに届出た「国際共産主義者連盟」から原告の新に結成したという「自由民主党」に変更する旨届け出たけれども、選挙長がこれを受理しなかつたこと、選挙長が原告の右変更届を不受理としたのは、選挙長において自治庁長官に対する政治資金規正法による原告の「自由民主党」と右「国際共産主義者連盟」の各届出書等関係の書類を対照検討したところ、新たに届出のあつた右「自由民主党」の事務所は右「国際共産主義者連盟」の在る東京都港区麻布霞町七番地と近接する同所一番地に在ることとなつており、また両者の主宰者がいずれも原告であつて役員等の構成等についても両者殆んど共通であることが判明し、そのため「国際共産主義者連盟」と原告の「自由民主党」とが果して政治団体として別個独立のものと認められるかどうかにつき疑問をいだいたことと、原告の「自由民主党」は岸信介を総裁とする「自由民主党」とは別箇のものであるのにその名称が全く同一であつて、しかも岸信介が総裁である「自由民主党」からも当時すでに三名の立候補者がありもし原告の右所属党派変更の届出を受理するにおいては、同一名称を有する二箇の異なる政治団体所属の候補者の存在による混乱を生ずるところ、右変更届出のあつた五月二十八日と当該選挙の投票日である六月二日との間には中四日しかなく、その間右受理に伴う法定の措置をとることすら困難であり、況んやこのような短期間内に右異同を周知させ混乱を防止する措置をとることは極めて困難であると思料したのみならず、原告が本件選挙においてすでにその前にも所属党派の変更届出をなし(原告が同年五月七日最初「無所属」として立候補届出をなし即日「日ソ同盟促進委員会」に、次いで同月十八日「国際共産主義者連盟」にそれぞれ所属党派変更届出をなし、さらに同月二十八日前記のとおり変更届出をなしたものもあることは原告の認めるところである)短期間にたびたび所属党派変更の届出をなしている等の事情からみて、原告の右党派変更届出は選挙を混乱させる目的に出たものと考えられると判断したこととによるものであることを認めることができ、右認定の事実によれば、選挙長は原告の右所属党派変更届出につき、その権限である形式的審査権の範囲を超えて右届出の内容に立ち入り実質的審査を遂げた上これを不受理としたものであること明白であるから、右届出の形式的要件に不備の認められない本件においては、選挙長のなした前示不受理の措置は、前に説示したところによつて明らかなとおり違法というべきである。

被告は種々理由を挙げて、原告の右党派変更届を受理することは選挙人の候補者選択に混乱を生ぜしめ、かえつて選挙の自由かつ公正な執行を維持せんとする法目的に反することとなるので、選挙長がこれを受理しなかつたのは正当であると主張するけれども、政治団体の名称選定につき特別の規制のない現行法の下においては、新たに政治団体を結成したとしこれに岸信介が現に総裁たる既存の政党である「自由民主党」と同一の名称を付しこれを自己の所属政党として右党派変更の届出をなした原告の意図がどのようであつたにせよ、その届出の形式的要件に不備のない限り、原告届出の新所属党派が政治団体としては岸の「自由民主党」とは全く別箇のものであるのにこれと同一の党名を付したものであるからといつて、そのことを理由としては原告の右党派変更の届出の受理を拒むことはできないものというのほかはなく、被告はこれを受理すれば党派の混同による混乱を生ずるというけれども、これとても所属党派変更の告示並びに公職選挙法所定の候補者の氏名等掲示の党派別掲示において原告の「自由民主党」はこれを既存の「自由民主党」と区別するため例えば「自由民主党(代表者肥後享)」と表示する等してそれが岸信介の自由民主党と別箇のものであることを明らかにし以て右の混乱を防止する適当な方法がなかつた訳ではない、もつともそのような方法をとつたとしても、原告の右所属党派変更の届出は投票日に近くなつてからなされたものであつてその間の日子が少く、従つて証人島村平治の証言によつても明らかなように、日時の関係上事務上の見地からすれば、右党派変更の告示はどうにか間に合つたとしても、候補者の氏名等の各掲示における党派別の修正の掲示を洩れなくすることは相当困難であり、仮にその修正掲示をしたとしてもそれは部分的かつ短期間であるのを免れない状況にあつたけれども、変更の届出と投票日との間に充分な日がなかつたといつても、中四日の間隔があつたのであるから、その間可能な範囲ではなお前記党派変更の告示並びに候補者氏名等掲示の党派別の掲示における掲示修正の措置がなさるべきであつたのであり、そうすれば前記の混乱も一応は避け得たものと考えられるので被告の右主張は採用できない。

以上説示のとおり選挙長が原告の右所属党派変更届出を不受理にしたのは違法であるから、選挙長が原告の右党派変更の告示その他前説示のような爾後の措置をとらず、従つてまた市町村選挙管理委員会が原告主張の右各掲示における修正掲示の措置をとらなかつたのは結局すべて違法たるを免れず、選挙の規定の違反があるものと断ぜざるを得ない。

しかしながら(イ)原告がその所属党派名を短時日の間にたびたび変更したこと及び(ロ)原告の自由民主党への右変更届出により前記各掲示の修正が行われたとしても、時間の関係上その修正は部分的かつ短時間であることを免れなかつたこと(すでに選挙公報の修正等は不可能であつた。)、右(イ)の事実に成立に争のない甲第二号証ないし第六号証、乙第四号証、第五号証、第十五号証ないし第十七号証、第十九号証の一、二、第二十号証及び第二十三号証の一、二に証人島村平治の証言及び原告本人尋問の結果の一部(後記不採用の部分を除く。)を綜合して推認することのできる(ハ)原告届出の右新政党「自由民主党」について実質上その結成の事実があつたものと認められないこと(右証拠により認められる、原告が本件選挙後立候補した昭和三十四年七月二十四日執行の参議院山形県選出議員選挙において所属政党を「国際共産主義者連盟」と、昭和三十五年二月二十八日執行の市川市長選挙において所属政党を「民主社会党」(代表者原告)とそれぞれ届出をなし、同年七月三日執行の埼玉県知事選挙においてその所属政党を「国際情報機構東京第一〇一特務機関」と届け出、次いで「民主社会党」さらに「自由民主党」と所属党派変更の届出をなす等その届出の所属党派名を目まぐるしく変更している事実からもこのことが推認される。)(二)従前届出の所属政党「国際共産主義者連盟」も解散されず、当時なお存続していたこと及び(ホ)「国際共産主義者連盟」から右「自由民主党」への右所属政党変更届出後原告の主義主張が変更され、または原告の「自由民主党」の主義綱領等が発表されてそれが選挙民等に表明されたことを認むべき何等の資料もないこと(選挙人の候補者選択の関係において主義綱領の表明されない単なる党派名の如何の如きは殆んど意味がない。)等の事実を綜合すれば本件選挙の選挙長並びに市町村選挙管理委員会が前記の各措置をとらなかつたことにより原告の本件選挙における得票数に著しい差異があるものとは考えられず、(原告本人尋問の結果中以上各認定に反する部分は採用しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。)成立に争のない乙第二号証によつて認められる右選挙の結果は有効投票総数二、四七〇、四九〇票、最下位当選人得票数二五四、五〇二票、最上位落選人得票数二一九、三二六票に対し原告の得票数はわずかに二、五五八票で立候補者数二十三名中の十九位にすぎなかつたことをも考慮すれば、前説示の違法の措置が本件選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものとは到底考えることができない。

そうであるとすれば、原告の本訴請求はその余の点に対する判断をまつまでもなく失当であることが明らかであるから、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川喜多正時 小沢文雄 位野木益雄)

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